人と犬の関わり
犬と正しく関わることで
犬と正しく関わることで
人間が動物にかかわる、ということを考えてみましょう。
犬と一緒にいるだけで血圧が下がるとか心拍数が安定する、などのデータから、どうも動物と人間が一緒にいるということだけでリラックス効果があるようです。このリラックス効果は人間と犬との長い歴史から生まれてきた安心感に基づくとも考えられます。
また、熱帯魚を飼っている水槽を見ているだけでもリラックス効果があるということから、動物の動き、つまりバラバラでもなく一定でもない動きには心落ち着くなにかがあるようです。『いのちとリズム』で生物学者の柳澤佳子は「私たちのまわりに見られる時間的・空間的な繰り返しの間の関連に整合性を感じたとき、私たちは、安堵を覚え、それがエンドルフィンと関連しているのではないかと夢想してみたくなる」と書いています。
それらのリラックス効果は、痛みを減らすなどの効能もありそうですし、また、夢中になって遊ぶということも痛み軽減には大きな役割がある様です。例えば乗馬療法において、股関節に異常のある患者たちが、ただ何度も足を拡げるという単調なリハビリテーションでは痛みを訴えて中断しがちなのに対し、馬に乗っていると同様に足を拡げているのに痛みを訴えない、といった事例もあります。笑いも大きな要素だと考えられます。動物の何気ないしぐさや、ちょっとした事件はわたしたちに、計算のない笑いを生み出します。そして、これらのリラックス効果は、精神神経系、内分泌系、免疫系を通して、わたしたちに安定を、そして健康を与えているのではないでしょうか。
動物にかかわることによる数々の変化
これらのリラックス効果の他にも、人間が動物にかかわるということで、たくさんの変化が生じることとなります。
まずはライフスタイルでしょう。一人の生活ならどう動こうが、いつ寝ていつ起きようが自分次第です。しかし動物と一緒の暮らしでは、動物のことを考慮に入れて生活する必要があります。散歩させたり、排尿させたり、食事を与えたりすることが必要で、それは毎日必要なことであり、一日のリズムを整えることに繋がります。高齢者が自らのことだけなら無頓着なのに、動物のために部屋の温度に気を配ったりする、というのがその一例です。犬を散歩させていると、知らず知らずのうちに運動していることになります。犬を飼っている人のほうが心筋梗塞後の生存率が上がっているというデータもある様に、精神的効果の他に「運動している」ということも大きいでしょう。
次に記憶です。痴呆の高齢者らが動物と触れ合うと、どこかのチャンネルがカチャッと回るように、活発に昔を思い出す方がたくさんいます。「昔、猫を飼っていてねぇ」。普段はぼうっとして黙っている痴呆の患者が生き生きと語りだす様子にはいつも驚かされます。
病院に入院するということは、ある意味で病院に適応しなくてはなりません。自らが培っていたものや昔の記憶などに固執すると、不自然な病院生活は重荷になります。その為、記憶や元の生活の思い出などを閉じてしまうことになりがちです。その方が楽なのです。それは同時に活発さをなくす、ということになります。考えないようにしてしまうわけですから。ある場合には、それが痴呆の種となることもあるでしょう。動物に触れ合うと、その不自然さのバランスがおかしなものであることに記憶が気づくのです。
また、動物自体の大きさや手ざわりも関係しているのではないかと思います。例えば犬なら大きくてふわふわして暖かい。これを抱きしめるということは、特に子どもの場合、母親のような安心感を得ることになるでしょう。
犬と人間、社会的動物同士の出会い
相手に反応があるということは「やる気」や「動機」にもつながります。麻痺した手のリハビリのために、ただ単にボールを握ったり手をひらいたりするのと、犬にブラシをかけてやり、彼らの気持ちよさそうな姿を眺めるのとではどちらが楽しいでしょうか。言語療法においても同様で、犬に指示を出したり、オウムに話しかけることは、単調なやり方と比べてやる気が出るというだけでなく、同じことを何度も繰り返す場合、人間に対して行うより動物を相手に行うほうが、患者の心の負担を軽くするようです。
犬を連れている人をイメージすると
公園で犬と一緒に散歩して歩いている人がいるとします。その人を見たときに、瞬間的にわれわれはどういう感じを受けるでしょうか。あまりにもよくある光景ですので、いちいち意識には現れていないかもしれませんが、こういうことを頭に浮かべているのではないでしょうか。
- 犬を飼えるほどの裕福さはある
- 犬が従うほどの人間性がある。優しさがある
- 遊び心がある。余裕がある
- 近所に住んでいる
- 飼い主は散歩できるほどの健康さはある
- こちらに犬をけしかけないということは敵ではない
- 犬は飢えていない
犬と人間、社会的動物同士の出会い
これに関しては、ニューヨーク州立大学のロックウッドによる興味深い研究があります。彼は、二枚の絵を被験者になった68人の学生たちに見せました。どちらも人間があるポーズを取って描かれている同じ構図の絵なのですが、片方には絵の中のどこかに動物が書かれています。例えばベンチの周りに鳥がいたり、ソファの上に犬が座っていたりするわけです。その二枚の絵を見た学生たちの感想を比較したところ、動物が入っている絵の印象のほうが、動物が入っていない絵の印象に比べて、登場している人間が「友好的」で「幸福」で「大胆」で「緊張が少ない」ものでした。
こういうことを体験的に知っているのでしょう、アメリカ大統領やハリウッドのスターたちは好んで自分の飼い犬や、子どもたちと一緒に写真を撮りたがります。また、MAPS性格検査によると、親和欲求の高い人(人と接近傾向にある人)は、人に対するパーソナル・スペース(個人空間)より、動物や子どもに対するパーソナル・スペースが小さい、つまり大人より、動物や子どもの近くにいるほうが違和感がない、ということです。
動物を通した患者とボランティアの触れ合い
動物を間において人間同士値踏みする精神科の患者たちの中には、周りに被害妄想を抱いたり、他の人間との間に垣根を作って交渉を避けたり、他人を信用しなくなった人たちが数多くいます。それらは社会復帰の大きな妨げとなります。
そういう患者のもとに、少しでも役に立ちたい、と思う人が来たとします。患者たちは彼らを訝しく思います。場合によっては怖く感じます。 ところが、やってきた人が動物と一緒だったとします。すると、患者たちは瞬時に冒頭のようなことを頭に思い浮かべ(無意識にでも)、少なくとも動物が一緒でないときより相手を友好的にとらえ、場合によっては「自分とどこか同じ価値観を持った人」ととらえるに違いありません。距離的にも動物がいない場合より近づくことを許すのです。この、ちょっとしたことが動物の大きな作用です。見方を変えると反対のこともいえます。アニマル・セラピーを始めて、活動を終えたボランティアの人たちが口を揃えていうことのひとつとして」、「精神科の患者さんと聞いて、正直いって初めは怖かったし、何を話していいかわからなかったのですが、動物がいたためにスムーズに話すことができました」ということがあります。
普通の場合でも、他人と話すときには緊張しますが、ボランティアの人たちがハンディを持った人たちに話しかける、というのはもっと緊張することでしょう。相手は悩みを持っているだろう、私をどう思っているだろうか、私がいることが嫌じゃないだろうか、距離が遠過ぎないだろうか、近過ぎないだろうか・・・などなど。しかし動物がいることにより、その緊張感がずっと少なくなるのです。実は私はこの効果が、ドッグセラピーの最も大きな効果のひとつであると考えています。つまり、人間と人間の間の緩衛剤や潤滑油としての動物の存在です。
犬を間に置いて、両者は「値踏み」をします。まずは犬を連れてきているのであるから友好的な人であろう、ということで第一ハードルを乗り越えます。さらに動物をなでたり動物の名前を聞いたりしながら、さらなる調査は続きます。相手はどういう人か。敵か味方か。価値観はどうか。突然怒ったりしないか。これが第二ハードルです。これを乗り越えると、ようやくお互いが安心し、話も犬のことから他のことへと伸びていったりします。
同じことはアメリカのエイズのセンターや老人ホームでも見られる様です。患者たちは動物を可愛がりながらも、常に周囲の目や雰囲気を感じています。訪問活動時間の初めは、患者、訪問者双方とも主に動物に目を向けてちらっちらっと相手を眺める様子でしたが、次第に時間がたつにつれ、動物たちは足元でしゃがみこんだり歩き回ったりしていて、それを横目で見たり、感じたりしながら、訪問者と患者はお互いの顔を見る時間が長くなり、談笑するようになります。
これらの反応は普段のわれわれの生活でも同様に感じられることです。動物が間に入ることによってギスギスした人間関係がやんわりとします。子どもたちが巣立った後に夫婦の間の会話が少なくなったが、動物を飼ったことで話題が増えた、という話はよく聞きます。一つの事例として、とある病院の外来患者のうつ病のおばあさんは、連れ合いに先立たれ息子夫婦の家へ同居しましたが、どうもお嫁さんとうまくいきませんでした。
そこで犬を飼ったところ、嫁とよく話すようになってギクシャクした雰囲気がなくなりました、と嬉しそうに話しておられたそうです。
ドッグセラピーと銘打っていますが、最終的には人間と人間のつながり、つまり社会への参加が目的なのです。動物はそれに大きな役割を果たすのです。
犬との共生が人に与える"犬の効用"
現在の生活について色々な面で現在どう思うか、犬の飼育者と非飼育者に聞いてみました。
結果、犬の飼育者は、非飼育者と比べて、さまざまな面で"ペットの効用"を享受していることがわかりました。
犬猫飼育者% | 非飼育者% | ||
---|---|---|---|
子供について | うちの子は人の痛みがわかる | 79.2 | 70.1 |
落ち着きがある | 59.3 | 49.6 | |
高齢者について | 生活にメリハリがつきリズムがある | 55.1 | 41.9 |
笑顔を欠かさない | 48.6 | 38.4 | |
夫婦関係について | 夫婦喧嘩が少ない | 62.3 | 56.5 |
夫婦で過す時間が多い | 56.5 | 50.2 | |
自分自身について | 今の生活に満足している | 52.5 | 45.5 |
孤独感を感じない | 78.2 | 70.1 |
犬の効用に関しては、上記の調査結果だけでなく、もう以前から欧米をはじめ日本でも学界での調査、研究が進んでおり心身ともに人の健康に与える様々な効用が証明されております。